そらゆめ ~がんばれ!soracchi~

少し遠回りしながらも、自分の夢は叶えたい。 私らしく空を仰いで歩む国際協力 頑張り日記 。 ラオス 青年海外協力隊員OVになりました。

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 馴れない

9月25日(金)

アフリカ隊員の帰国が一日延びて、多くの隊員がJOCA広場に集まっています。

そして今日の夜は、2班のメンバー4人でご飯を食べました。

日本食は美味しいです。
でも、日本の唐辛子は辛くありません。
日本の生ビールは美味しかった。
泡がクリーミーです。

只今、些細なことに感動しているソラです。
でも戸惑いも幾つかあります。

例えば・・・
・空港のトイレでは、自然と石鹸の泡がでてきたこと。
・時間きっちりとバスが来て発車すること。
・小銭があること。
・コンビニは明るくで、いろんな新製品や新パッケージが並んでいること。
・コンビニの店員さんの話す日本語が聞きとれないこと。
・人が多いこと  
・高層ビルに、よくわからない建物や道の構造。

そして公衆電話を探すのは大変

特に今まだ馴れないのが

・小銭を使うことと
・日本のテレビ

日本のテレビを視られるなんて~!!楽しみ!なんて思っていましたが
実際にテレビを視ると、日本語ばかりが飛び交い
映像はコロコロと変わり、次から次へと情報が飛び交って
目がチカチカして疲れてしまいます。
まだテレビを視る気にはなりません。

すこしずつ日本の感覚に戻っていくのだろうけど
ちょっと今は、テレビと携帯に関しては、ついていけないようです。

 無事☆日本に帰国☆

9月24日(木)無事☆日本に帰国☆

8時20分 無事に成田到着しました。
本当に本当、ラオスの隊員生活を終えてしまいましたよ・・・
寂しいな・・・・

昨夕は、多くの後輩隊員さんがお見送りに来てくださり
本当に幸せでした。
ラオス隊員の方々、特にビエンチャン隊員の方々
本当にどうもありがとうございました。

昨日の帰国直前は、今まで使用していた携帯電話の
登録番号、メモリを全て一つ一つ消去していくことが
面倒でありながらも、寂しさをも感じました。
「あ~ラオスとも本当にお別れなんだな」てね・・・・・

そんな思いをしながらも、みんなの笑顔が素敵で
最後は涙することなく笑顔でお別れをすることができました。
最後に、暗いラオスの夜景をみて
「お疲れ様でした」と何度も口にしました。
自分に対して、そしてみんなに対して・・・・・・

22時27分にラオスを経ち
ラオスとのお別れの余韻に浸っていると、
あっという間にタイへ到着。
ファイナルコールで慌てて乗り継ぎ。

プロペラのない飛行機、ジャンボに、機内シート3席×3列をみて
飛行機ってこんなに大きかった!?と驚いてしまいました。

そしてジャンボに感動しながらも
疲労困憊でお疲れのまま日本に到着しました。

日本で最初に食べたもの・・・・・

同期3人はマック。

ソラは食欲不振のため、マックは食べられませんでした・・・・

でも夜は、納豆3P食べました!!
コンビニは凄かった!!!


<今日の夕食>
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LAOS & JAPAN
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 2年の活動を終えます

9月23日(水)2年の活動を終えます

今日の夜、21時40分にいよいよラオスを発ちます。
タイ経由をして明日の朝8時には日本、成田です。
ラオスの生活も残すところあと数時間。
まだ実感は湧きません。
先週の15日(火)に任地のウドムサイを離任し
ビエンチャンで1週間過ごしてきた。
毎日がまた忙しくて大変でした。
でも今は全てにおいて、やりきった感があります。
協力隊という2年の生活は、今までにないくらい自分のことだけに
集中することのできる貴重な時間だったと思います。
怒ったり、腹を立てたり、落ち込んだり、悲しかったり、悔しかったり
泣いたり、笑ったりと起伏の激しい毎日でしたが
反省をして、常に前向きに考え前進しようとする自分がいたと思います。
言葉の壁。文化の壁。価値観の壁。
さまざまな壁がありましたが、結局は自分自身の問題です。
いくら言葉ができたとしても、相手を理解する気持ち、しようとする気持ちが
なければコミュニケーションは上手くいきません。
人が人と関わるうえで重要なのは、まず相手を理解することは勿論ですが
多くの人と信頼関係を構築することのできる自分がいるかが重要なのではないかと思います。
活動の2年間は
問題を問題として受け止める
出来る事から一つ一つ行う。
現実から背を向けない。
いまだからこそできること。いましかできないことをすると
いろいろ考え前進してきました。

悔しい事もありましたが、しかしそれはいつしか
自分自身の自己成長になっていったと感じます。
そして自分自身の未熟な点に気づく事ができ、また今後の新たな
課題を見出すこともできた2年となりました。

今は、やりきった。悔いはないと思っていますが
正直、それが全て正しい活動を行ってきたとは思いません。
しかし、今の自分にはまだその何が正しい、正しくなかった
もっと、こうするべきだったと気づく点が少ないと思うのです。
だからこそ、これから日本で看護や知識、教養を身につけて
新たな発見や反省に気づくことができたらと思います。
そして、新たな気づきを得て何かかしらのボランティア活動や
日本の医療、看護に貢献していきたいと思います。

2年間、応援をしてくださった皆さん
どうもありがとうございました。

 帰国前日

9月22日(火)帰国前日

明日は、いよいよ帰国になります。
正直なんの実感もありません。
まだラオスにこのままいる気分です。
とはいえども、今日も何かとバタバタしていました。
シン(ラオススカート)の仕立て屋に行き
写真の現像出しに受け取りし仕分け。
銀行に行きドル口座を閉じる。
看護プロジェクトの事務所へ挨拶。
5号報告書に添付する活動結果表、その他の活動報告書を
日本語、ラオス語版で用意して事務所へ提出。
これでやっと書類関係は済んだと思いきや
JICAラオスHPに掲載する質問事項の返事に写真提出も加わり
あたふたあたふた。
そして最後に日本大使館へ挨拶をして業務を終えました。
残すは荷物整理です。
最後まで、どたばたです。

 荷物

9月21日(月)荷物
帰国といえば荷物。
赴任した当初は帰国の時の荷物なんて
何もないと思っていた。
でも実際は、すっごい荷物がある。
日本から持ってきたものはほとんどウドムサイに置いてきたけど
貰い物が多い。
正直、日本に持ち帰ったとしても、実際に使えるものは少ない。
でもせっかくだから、日本に持ち返ろうと思う。

あとは日本で待ってくれている人へのお土産。
たいしたものではないけれど、ラオスのお土産をもって
日本へ帰ります。
 
機内への預け荷物は20kgまで。厳しい・・・・・
明日には郵便局へ行って荷物を送る予定です。
送料も馬鹿になりませんね。

 焼肉

9月19日(土)焼肉
NTC(二本松訓練所)でラオス語を教えてもらった先生が(ラオス人)
ビエンチャンに帰ってこられていて、みんなでご飯を食べに行きました。

2年前、アーチャン(ラオス語で先生という意味)が話すラオス語なんて
ほとんど解らなかったのが今ではおおよそ解る。

もっと早くラオス語が解っていたら、どんなによかっただろう・・・
とも思うけど、もうそれも叶わない。
これから、どんどんラオス語忘れちゃうんだろうな。

所詮ラオス語なんて、日本に帰ったら役に立たないだろうね。
悲しいね~~~~

 帰国報告会

9月18日(金)帰国報告会

今日は計画投資局へ表敬訪問。
それを済ませたら、午後は医療系の帰国報告会。

結局時間切れで、スピーチ原稿は用意せず
行き当たりでスピーチすることにしました。

プレゼンのパワーポイントは作ったけど、すごい枚数に・・・
時間30分で終わるのか??
不安を抱きながらも、最後は行き当たりばったりで何とかなると思い
そのまま帰国報告会に突入!

プレゼンが終わって時計を見れば、人の倍の時間くらい話していたことに
自分でびっくり。
『だれか教えてよ~~~~~』
時間内で終わらせることが出来なくて、落ち込む そら でした。

とはいっても今夜はJOCV19-2の送別会。
美味しい韓国料理屋さんで、みんなと一緒に楽しくお食事!
ビールも美味しい!
ラオス人と関わることができた2年だけど、ここラオスで知り合えた隊員は
貴重な2年でした。

自分が知らないことを教えてもらったり、気づかせてもらったりと
多くの隊員さんに感謝しています。

 

9月17日(木)帰国準備

昨日は徹夜作業でした。
明日に備えた帰国報告会(医療系)の準備をしていたら
あっという間に時間が過ぎました。

あ~~しんどい。

午前中には所長面談を済ませ、事務手続きやら
借用物品の返却を済ませる。
こうして一つ一つ帰る準備をしていくんだと思うけど
まだ帰国することに実感なしです。

そしていよいよ今日は村落開発普及員2人帰国報告会です。

<同期Yちゃんの帰国報告会の様子>
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可愛い子ども写真に、小学校の様子が伺えて楽しい帰国報告会でした。

 ビエンチャンにて

9月16日(水)ビエンチャンにて

昨日、ドタバタでウドムサイを去りビエンにつきました。
もうお疲れで、さすがに今日はぐっすりと寝ました。

肩や首が痛いです・・・・歳かな??

さてビエンチャンに着いたからといって、のんびり出来るわけでもない。
まだ5号報告書やら活動結果表の日本語訳をしていないので
それを完成させる。
明日は所長面談に、どこか?への表敬訪問。
さらに村落開発普及員2人の帰国報告会があります。

あ~~次から次へと忙しいです。


 離任

9月15日(火)離任
今日、とうとうウドムサイを発ちます。
本当なら、今日は近くのお寺に行って挨拶をして
ゆっくりとウドムサイを散歩して離任したかった。

でも結局は、最後の最後までドタバタでした。

徹夜作業をしてプレゼン準備。荷造り。

朝出勤をして9時からプレゼンを行う。
とはいっても用意したものを読み上げただけのものだけどね。
そして今まで皆が頑張ってきた小さな成果と今後の課題を述べてきました。

最後には、みんなの意見を聞いて今後の課題は何であるのかを
導き出したかったのですが、やっぱり意見を聞きだすことは難しく
最終的には看護部長が語ってくれました。
でも「ソラがいなくなるから、これからは皆が協力をして頑張っていく」と
言ってくれた事に感謝します。

最後は感謝を含めて各病棟にプレゼントを渡し記念撮影。
残すは各病棟に足を運び、みんなへの挨拶周りに個人的にお世話になった方に
プレゼントを渡し記念撮影。

そして本当に最後の最後で
今日したプレゼンの内容と、看護理念をパネルに掲示。

<パネル完成>
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そして、いつも使っていた机を綺麗にして挨拶をしてウドムサイ県病院を後にしました。
最後に、ウドムサイ県病院を眺めたとき
『もう、心残りはない。頑張った。やれることは頑張ってきた。悔いはない』
そう口にして病院に背を向けました。

向かうはビエンチャン。日本。


といいたいのですが、急いで我が家に帰るが
同期Yちゃんの仕事関係者になる教育局の方々と
一緒に昼食を摂る事になり、慌しくお店へ移動。
またそこで、お酒を飲まされる。

そして家に帰ったと思ったら、多くの方から連絡を頂き
最後の最後まで我が家にはプレゼントを持ったラオス人が訊ねて来る。
「は~~~みんな、有難う」嬉しいけど大変だよ。
荷物が増える。増える・・・・

そしてやっと荷造りを終え大家さんにお別れを告げて空港へ。
空港でも、多くの皆がお見送りに来てくれて最後の最後まで
慌しかった。

でも、こんなに、みんなにお見送りをしてもらい幸せです。
こんなに気持ちよくウドムサイを離れられるのは、ラオス人の優しさだと感じた日。

不安を抱えて着任したのは2007年11月6日のこと。
2009年9月15日。今日は笑顔でウドムサイを離任しました。

頑張った約1年10ヶ月だったと思います。

<ウドムサイ上空>
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お別れなんだ・・・本当に・・・・最後なんだね・・・・・
自然のある
山のある
動物もいる
優しいみんながいる
ウドムサイが好きだったよ。

 最後の出勤になるか?

9月14日(月)最後の出勤になるか?

本日「今日が最後の出勤になるのか?」と思いながらの出勤。
明日は、もう任地を離れビエンチャンに上京です。

昨日はCP、Mのお宅で病院に配布する予定のニュースレターの
原稿をチェックしてもらいました。
それを修正して看護部長に本日見せましたが
読まずに「あ、そう。はい」で終わる。

目を通さずに簡単な返事に、なんともいえない虚しさが心の奥にゆきわたる。
『あ~こんなものか』と思ったりもしたけど
『相手にしてみたら、こんなものなのかもしれない』とも思ったりもしました。

それ以外にも看護管理部の机には、先週水曜日に提出した活動報告書などもろもろが
置きっぱなしです。
ウドムサイ県庁用・ウドムサイ保健局用・病院用・看護管理部用・JICA用と
5部を揃えて用意したのに、結局何も意味がないのが伝わってくる。

仕方がないので自分からサインを促し看護部のサインをもらいました。

しばらくたって自分の足で院長のサインをもらいに行こうとすると
一人の副看護部長が「私が行くからソラは行かなくてよい」なんて言うので
「あらそう。よろしく」と頼みましたが、私が呆れて腹を立てているのを
多少分かったのかな?なんて思いました。
そんな風に少しでも感じとってくれたのなら、私も嬉しいです。

そして病棟を廻りながら
『あ~明日は完成したニュースレターを持ってきて、みんなに挨拶しつつ
配布するのが最後の仕事で、明日が本当の最後の出勤なんだな』と考えて
看護管理室に戻ってきました。

すると、CPのKと看護部長が、こそこそと相談をしている。
気まずい雰囲気に、どうしようかと思ったら
相手から「ソラは、プレゼンをしたいのか?どう思うの?」聞かれる。

正直、答えに困りました。

やりたい気持ちはあるけど、今あるものは十分なプレゼンとはいえない。
今準備したのは、プレゼンではなくてニュースレター形式のものになっている。
もしプレゼン形式でやりたいと言っても、相手はどんな気持ちでいるのか?

考えた結果「もちろん、やったほうがいいけど、今準備したのはプレゼンではない。
しかもこれを私が読んでも発音が悪いから、皆分からないでしょ」と答えました。

看護部長は「ソラがやりたいならやればいい」
「これはソラの意見だから、ソラがきちんと読み上げたほうがいい。
そうしたほうが、みんなも嬉しい」との発言で、明日、看護管理部と看護師長を集めて
小さな活動報告会?小さなプレゼンを行うことが決定しました。

あら、また急展開に驚き。
でも、最後の最後に自分の気持ちを考えてくれた看護部長に感謝です。
まだもうちょっと頑張らないと!と自分に言い聞かせました。

午後からは沢山の用事を済ませる。

・報告書を持ってウドムサイ保健局に出向き副局長と面談。
ウドムサイ保健局はJOCVを常に温かく迎えてくれ、気軽に話が
出来るので本当に感謝しています。
今回、アポなしで突然出向きましたが、またまた笑顔で迎えてくださり
活動の話もできて有意義な時間になりました。
一人だけで活動報告に、最後の挨拶をすることになりましたが
挨拶なしで帰るより、きちんと挨拶をしてウドムサイを去ることができて
自分としてもすがすがしい気分で帰ることができそうです。

・銀行口座(KIP口座)を閉じる。
・郵便局、私書箱を閉じる。
・写真の現像出しに、出来上がった写真を私に行きがてらの挨拶廻り。
・保健学校への挨拶。

そして私の足となってくれたバイクをビエンチャンに送りました。
<バスにバイクを入れ込む様子>
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そして今夜は、大家さんがバーシーを開いてくれました。


まだ仕事に荷物の整理が終わらない・・・・
明日はどうなるか???

不安は募る


 気分

9月13日(日)
洗濯したいのに、水の出が悪くて洗濯にやたら時間がかかってしまう。
やはりスムーズにはいきませんね。

今日最後の日曜日だけに、沢山やることがある。
写真を新たに現像にだし、最近現像した写真を持っての挨拶周り。
最近撮った写真整理だけでも大変。
あとは、お世話になった方々や病院へ贈るプレゼントの包装もしないといけない。

あとは徹夜で作ったニュースレターを、看護部長もしくは
カウンターパートにチェックしてもらわないといけない。

あ~~~最後の最後までバタバタです。
まだいろんな報告書のサインももらっていないし。
活動結果表をラオス語から日本語へ訳さないといけないし・・・

こんな慌しい毎日だと、自分自身の心にゆとりが無くなってしまいそうで怖い。
実際に、大家が私の部屋に置いてあるゴミ袋を、
いつの間にか、こっそりと開けてみている事実に気分を害す。
それどころか、荷物の袋を開けて見たりすることに腹が立つ。

最後の最後に腹を立ててしまう自分が悪いのか?

でもね、やっぱり
ごみを漁られるのは気分を害します。

 荷物整理

9月12日(土)荷物整理

昨日のバーシーでラオカオ(ラオス焼酎)や、ビールの一気飲みをしたので
(注:させられたので)
今朝は二日酔い。頭が痛い・・・・・

休みたいとこだけど、やることは山積み状態。
とりあえず今日は、部屋の掃除に荷物整理をしました。
前々から、荷物を分別していたのにも関わらず
山ほどある荷物にびっくり。
ほとんどが、書類関係で思い切って処分。
ほとんどの服はラオス人にあげるようで分別。
本当なら荷物は減るのに、増える増える。
なぜなら、みんなから「お土産」「プレゼント」だといって
ラオスの布やら沢山頂いているからです。
そして私もお世話になった多くに日本人に、お土産を
買っているのでかなりの量になっています。

部屋や荷物が片付いたのは夜7時。
その後は、またPCやラオス語と睨めっこ。

徹夜作業です・・・・・・

 帰国バーシー

9月11日(金)帰国バーシー

今週最後の出勤。
本当なら、活動も締めて、しみじみと思うのかもしれませんが
全く何も感じません。
この生活が、まだまだ続くような気分でいます。
何よりも、活動が締めたくても締められないことが気がかりなだけに
「帰るんだ~」なんていう気にもなれません。

そんな気分ですが本日の夜、私の帰国バーシーがありました。
あら私  『主役』  ?て思ってしまいました。

それでも、みんなから、マッケンをしてもらうと
今までの苦い思い出や悔しかったことも、忘れてしまえるのが
不思議です。


私は、みんなのために、看護管理部と一緒に活動を!と言い続けてきたけど
やはりなんだかんだと結局は、多くの人が私のために
頑張ってくれたのではないかと思いました。

よくいえば、頑張ってくれた。
悪く言えば、付き合ってくれた???

お互いに足並みを揃えることや、一歩踏み出す時間の差はとてもあったけど
お互いに足並みをそろえようと頑張ってきたのは確かだと思う。

<バーシーの様子>
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 パネル作成

9月10日(木)パネル作成

活動残すところ3日。(10、11、14日)
あらま~~どうしましょ。 やはり予定通りにはいきませんね。
昨日は、県庁・保健局・病院、看護部に提出する書類を完成させる。
JICA所定用紙の活動結果表もラオス語で完成。

しかしその書類は、まだ看護部の机に置かれたまま。
まだサインはされていません。
いつになったら、サインをしてくれるのか? しばらく様子をみよう。

残すところ、大事な仕事といえば院内のプレゼンと
看護管理部のパネル作成。

もちろん、どちらもやりたい。
しかし、時間的にどうしても無理だと誰だって判断できると思う。
CPは、つい最近まで「大丈夫」なんて言うけど、いくらなんでも
やっぱり無理だと思う。
私のラオス語がベラベラに話せるなら問題ないけど、
現実上、問題あり。

あとは看護部もさほどプレゼンをすることに意欲的ではない印象を受ける。
結局は、そら次第ということ。

そういうわけで、プレゼンは諦めることにしました。
自分の負担が多すぎるしね。
どこかで諦めは肝心。でも、全く諦めたわけではありません。
最後に伝えたいことや、成果、課題についてニュースレター式にまとめて
各病棟に挨拶しながら配布しようと思います。

そして、看護管理部の活動としてパネル作成を重視。
そのパネルの中に、『看護の課題』、『正しい看護技術』に加え、
各病棟に配布するニュースレターを貼ることにしようと思います。

本日、CPのPも加わりパネル作成に取りかかることができました。
私一人だけでなく、看護管理部が一緒にやってくれたことがとても嬉しい。

でもこれは、正直私の自己満足にしかすぎませんけどね・・・・

<パネル作成の様子>
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 9並びの結婚式

9月9日(水) 9並びの結婚式

私の良き理解者でもあり、面倒をよくみてくれ、友達であった
眼科医のPが結婚することになりました。
彼らしいなと思うのが
2009年9月9日 9時9分 に行う結婚式。

招待状に書いてある日時を見て、思わずニンマリしてしまいました。

そんなこともあり、今日は朝から料理の手伝いをしに行きました。
とはいっても、私がいても使い物ならないので、見てることのほうが
多かったです。

<本日の朝絞め>
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そして、いよいよ9時9分が近づいてきました。
しかし・・・一向に新郎新婦の姿は見えない。
やっぱり、ラオスか・・・
9時9分結婚式の開始は無理なのかね。

「まだかな~~~」なんて言いながら待つこと40分。
なんだか賑やかな団体が現われました。
どうやら9時9分に自宅を出発したのか分かりませんが、
とにかく盛大なパレード。
まだバーシー前だというのに、こんなに賑やかな雰囲気は
滅多にないと思います。
また、新郎がラオスの民族衣装を着ているところが、凄い!!
新郎が民族衣装初めて見ました。

<パレード>

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そして、ラオス民族楽器の生演奏

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多くの人がバーシーに出席に、今まで見たこともない
盛大なバーシが行われました。

<バーシーの様子>
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いや~本当に何度もいいますが、こんな盛大なバーシは初めて見ました。

もちろん裕福だからできることだとは思いますが
やっぱり、彼は多くの人から信頼されている証ではないかと思います。

今まで幾つかの結婚式には参加してきましたが
やはり知人の結婚式は、自分自身もとても嬉しく感じますね。

でも彼とは同い年で、一緒に村へ巡回して仲がよかっただけに、彼の結婚は
とても嬉しいんだけど、ちょっと寂しいような気もします。

 簡単には変わりませんね・・・

9月8日(火)簡単には変わりませんね・・・

本日、看護管理部とJOCVで活動報告書を仕上げました。
とはいっても、私が書き上げた活動報告書を読み上げ
看護管理部の4人が意見を加えたり、訂正をしたりするものです。
自分たちの活動報告書といえば、私からみたら考察のない報告書。
私の書いた(カウンターパートが手伝った)報告書とは書式も違う。
そんなこともあってか、ラオス人からすると私が言う評価・考察という文章に理解するのが大変なようでした。

またその文章の中には、今後の課題についても書き留めています。

例えば・・・
・ 看護管理部の連携、協力体制の見直し
・ 計画⇒活動⇒評価 フィードバックをして問題解決に取り組む  などなど・・・

看護管理部は、このような文章をさっきまで聞いていたのにもかかわらず
この今の看護管理部の雰囲気は、もうすでにバラバラ。
ある人は、人任せの状態。
ある人は他の仕事をしながらの参加。
ある人は文句のみを言う。

さらには、「活動結果表」というJICA既定用紙の意見交換では、
「過去6ヶ月間の活動」、「2年の成果」、「今後の課題」についてコメントを記入して
いかなければならないのに、『「今後の課題」は消していいか?』などと
聞いてくる始末。
計画の段階ごとにコメントする欄では、全てが同文。

「過去6ヶ月間の活動」 ⇒ 活動を実施しました。 (ダイ パティバッド レオ)

「2年の成果」 ⇒ 頑張って取り組みました。 (アオチャイサイ レオ)

「今後の課題」 ⇒ これからも続けます。   (スーブトー)

またなかには、計画表の意味さえも理解できていない副看護部長もいる

そんな様子を黙って聞いて見ていたけど、あまりにも杜撰で「それはないでしょ?」と
心の中で叫んでいた。でもそれより、正直呆れて言葉が出なかった。

しばらくして

『あのね~~~私の活動報告書に書いてある「今後の課題」を覚えていますか?』と、つっこみを入れる。

さっき課題として言った「フィードバック」はどこにいったのさ?
前回の活動状況表の今後の課題についての評価はどこいったの?


やっぱり聞き流している。

やっぱりそんな簡単には変わりませんね・・・・・・・

 

 一週間後の私はどうなってるの?

9月7日(月)一週間後の私はどうなってるの?

活動も残すところ約1週間になりました。
うげ~~早すぎる。。。
時間がない。あと1週間でもいいから時間が欲しい。

もう、もう泣いても笑っても今週で最後になっちゃう。

来週の月曜日の午後は、本当に院内の活動報告にプレゼンは出来ているのか?
自分のデスクも綺麗にして仕事を終わらせられるのか?

不安は募る。気持ちも焦る。
一週間後は、私はどうなっているのだろう?


<今日の癒しの一枚>
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 ピクニック?

9月6日(日)ピクニック?

昨日、ルアンパバンのJOCV2人がウドムサイに遊びに来てくれてました。
ウドムサイのJOCV全7人と、ルアンパバンのJOCV全2人が揃い
ラオス北部組会をしました。
私たち帰国組の送別会も兼ねて下さり、みんなで食事をして楽しい時間を
過ごすことができました。

今朝は、ウドムサイの山登り?ピクニック?ツーリング?ぽいものを企画して
近くの山を登りました。
北部組は多くの隊員がバイク貸与のため、山登りができるところまで
バイクで行きましたが、何処から歩けばいいのか分からないのがウドムサイの特徴です。


<先頭のバイクそらっちのです>
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バイクを止めて歩き出すと、いろんな人と行き交い
ラオス人の体力や持久力に関心する。




<山を登り畑に行く村人>
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<藁を担いで降りる村人>
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<ウドムサイの町を見下ろしてみました>
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来月くらいになると朝は雲海をみることができるのですが
今はまだ雨季で、曇り空でした。
それでも、景色は綺麗でした。

<バナナの葉っぱをとってランチョンマットの出来上がり>
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みんなでお弁当を食べました。
おにぎり、美味しかったです。

 微妙なニュアンス

9月5日(土)微妙なニュアンス

ビエンチャンから夏休みで帰ってきている、カンターパートMの
家に行き、活動報告書のラオス語訳を手伝ってもらいました。

さすがに私のラオス語をよく理解できるMだけに
やることは、なかなか早い。

しかし、ちょっと彼女の意見が強調される文書になりがちになって
いるような気がする。
いや、結構なっている。

彼女が訳した文章を用いて看護部に見せると反感を食らうような気もする。
でも、彼女の言っていることは間違ってはいないだけに判断に迷う。
微妙な文章のニュアンスって大事ですよね。

でも、それでもいろいろと手伝ってくれるMに感謝です。



<今日の癒しの一枚>
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 がさがざ

がさがざ

家にいると、時々「がさがざ」と葉っぱがすれる音がする。

外を見ると、鶏が木に登っていて驚いたこともある。

でも一番木によじのぼっているのは子どもだ。
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木の実を収穫中
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自分のおやつは、自分で確保する。

えらいよ、あんたらは。なんて思う。

 考察とラオスタイム

9月3日(木)
本日カンターパートを捕まえ、県庁に提出する報告書を完成させました。
保健局、病院に提出する報告書も、あともう少しで完成です。
やるべきことを、一つクリアすると気持ちも楽になる。

そして本日、師長会議を無事に終えることができました。
今まで、みんなが取り組んできた活動や計画を全て表に仕上げて
統計資料及び結果表を作成し配布。

その資料をみて、各病棟師長なりの意見を発表してもらいました。
なかには、やはりまだ資料の読み取りができなかったり、考察すると
いう行為ができない師長も正直います。
その様な場合は、「一番よくできたものは何か」
「できなかった物は何か」「それはどうしてか」などのヒントを与えながら
答えてもらうようにしていますが、やはり『自分で考える』という行為自体が
できないスタッフもいるのが現実です。
そしてラオスでは、『上から下に意見を言い与える』という社会主義的な
背景もあります。その影響なのか、教育のレベルもあるのか
なかなか『自分で考える』行為が少ないように感じます。

『自分たちの問題を、自ら考えて解決をしていく』
約2年間の活動のなかで、これが私にとって大きなキーワードでありました。

約2年の活動を終える時が来て、このキーワードが
浸透したのかどうかは正直わかりません。
ううん、今ではなくて少しずつ見えてくるものではないのかと思います。

『自分たちの問題を、自ら考えて解決をしていく』
できることから一つ一つ行っていけば、必ず結果はあとになってついてくる。

いつになるか、わからないけど、その結果が見える時が来るといいな。
ううん、いつかは、その結果、成果が見えてくるんだと思う。

ラオスタイムでね。

 気持ちは焦る一方

9月2日(水)気持ちは焦る一方

看護部長と残りの活動について相談。
どちらかというと私がやりたいことばかりで
看護部としては、県庁へ提出する報告書と
10日のバーシーができればいいみたい。

「でもね、ほら、これもまだしないといけないでしょ・・・」
「これも、こうしたほうがいいよね」なんて話していると
あらま、本当に全てやり切れるのかしら?と不安が募る。

只今、一番の難関はラオス語よ!ラオス語。
ラオス語がべらべらにできたら、なんでも簡単にできちゃうのよ!

あ~~~~~~。
本当にやり切れるのか?
CPも毎日いるわけでもないから、当てにならないし・・・・
気持ちは焦る一方、現実は何も進んでいないような・・・
やり切れるのか?

とにかく、これからやらないといけないこと

1)県庁へ提出する報告書(ラオス語) 
   ⇒あと残りちょっとだ、頑張ろう。

2)保健省・病院へ提出する報告書(ラオス語)
   ⇒ これも、県庁バージョンに付け足しであと
     もうちょっと頑張ろう。でも、ぎりぎり提出でもOKか?

3)師長会議 ⇒ なんとか明日開催が決定。資料作成終了。
         最終意見のまとめが必要か??

4)JICA提出報告書(ラオス語・日本語)
   ⇒ 日本語はもう、こうなったらビエンに上京してからで!
      ラオス語は、明日の会議を終えてから近いうちに看護部で書いてもらう。
      あとは、それを日本語訳にする。

5)JICA 報告要旨
    ⇒ 近いうちに、ぱぱっと書きましょう。まだ簡単。

6)10日バーシーの挨拶分 + 読み上げ練習
    ⇒ 「コブチャイライライ」の一言では済まされないらしい
      看護部長に、そら!「ちゃんと考えておいてよ」と言われた。
      あ~~ま~よく使われるあいさつ文を引用しよう。

7)私の最終定な目標、職員へのプレゼンテーション
    ⇒ 看護部は10日にやろうといっているが、
       どうみても準備不足。しかもラオス語だし・・・無理やん
       14日(月)午後に実施予定。しかし看護部にも手伝ってもらわないとできないと思う。

8)パネル作り
    今までの病院や看護技術の様子や問題点、課題をパネルにしておく作業。
    これも、まだ途中作業。
    ラオス語ができたら、すぐ出来るのに・・・・

結局は、ネックはラオス語なのよ。
そして、ラオス人に手伝ってもらわないと何も出来ないのよ・・・

あ~~~~~本当に、全部できるのか?もう2週間もないなんだよ。
どうしよう。どうしよう。ど==しよーーー


 Yちゃんのマッケン

9月1日(火)

朝職場で毎日見てきた8月のカレンダーを破り
9月のカレンダーにしました。
お~~いよいよ9月だよ。
な~んて思いました。
多分、同期も同じ思いなのではないのかな~と思います。

さて残りわずかな任期、いかに無駄なく過ごすかが私のテーマ。
本朝は、保健学校の先生とJOCVが病院にきて、ミニ会議を行う予定が
病院が急遽会議をいれたため、ミニ会議は中止することに。
その中止の決断に連絡は、なぜか私・・・・
本当なら、ラオス人でやらないか?と思うが
こんなことは日常茶飯事で逆に連絡をしないのが普通といったほうが
いいのかもしれない。

そんなこともあり、私も予定変更。
バイクをかっ飛ばし、同期のYちゃんのもとへ行きました。
サイ郡から、Yちゃんがいるフン郡までは約100キロメートル離れている。
10時過ぎのバスに乗ったら、恐らく12時30分過ぎにフン郡に到着。

う~~ん、それじゃ間に合わないのよ
Yちゃんのバーシーに!

ということで、危険とは思ったが
慎重にと自分に言い聞かせながら、バイクでフン郡へ向かいました。

くねくねした山道もあれば、一部見晴らしのよい道もあるが、それはわずか
何度も峠越えをしていると、やっぱりウドムサイは山ばかりと実感。
でも、とっても綺麗な田園や、ラオスの伝統的な村に人々
のっしのっし歩く水牛を見ながらの運転は楽しかったです。

そして、無事にフン郡に到着。
ぎり、Yちゃんのバーシに間に合い奇跡のよう!!
Yちゃん、活動お疲れ様~~~
と私もYちゃんにマッケンをしたかったのですが
私まで、みんながマッケンしてくれて、肝心なYちゃんに
マッケンできず。ごめんよ、Yちゃん。

でも、一緒にバーシー出来て嬉しかったよ。

そしてフン郡教育局のみなさん、Yちゃんのラオス人お母ちゃん
いっぱいの笑顔に優しさを有難う。
とっても楽しかったよ。

<同期Yちゃんのバーシー、マッケンの様子>
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<Yちゃんのカウンターパートが、Yちゃんにマッケンをしている様子>
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<マッケンが終わり、お供えしたラオカオ(ラオ焼酎)を一気飲みしたあとの様子>

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お疲れちゃんちゃん。

 えらい脚力やね~

8月31日(月)

ラオスの子どもは元気いっぱい。
いつも外で、元気よく真っ黒になって遊ぶ。
そして、遊ぶものも自分たちで工夫して造りだす。
動物を相手にして遊ぶこともあれば、石や木を組み合わせて遊ぶこともある。
そしていつも偉いな~って思うのは、子どもが子どもの面倒をみること。

例えば、自転車のチェーンが外れたら、日本の子どもはどうするかな?
大抵は、親に伝えても、お店に持っていて修理してもらうことが多いのでは
ないのでしょうか。

でもここラオスでは、子どもの自転車のチェーンが外れたら
少し大きいお兄ちゃんが、修理してあげるんですよね。
なんだか、微笑ましい姿ですよね。

そして今日も、子どもは子どもを引き連れ
元気に自転車をこいで遊んでいます。

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にしても、自転車小さくないか?
凄い脚力してるな~って感心してしまった。

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 児童文化会

8月30日(日) 児童文化会

ラオスの夏休みは7月から8月と長い。
その間、子どもは家のお手伝いもする子もいれば
日本のような児童館に集まることも多い。
そして、有志で児童文化会に参加するそうです。
いわゆる、踊りに歌を習ったり、工作をしたりするもので
小学校から上は中学生までの子も参加できるようです。
とはいっても、日本みたいに1学年が同学年ではないラオス。
年齢は幅広いです。

今日は、夏休み最後の日曜日もあって、児童文化会のお披露目が
文化会館で開催されました。

昨日遊びに行った、C先生の子どもも出演することもあって
朝から文化会館に行ってきました。

<ウドムサイ県の文化会館>
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子どもたちが、ラオスの伝統楽器を使って音楽を演奏したり
民族衣装や伝統舞踊をお披露目して、とても可愛かったです。

<小学校低学年の舞踊>
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<中学生の舞踊>
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う~ん
やっぱり、ラオスの伝統舞踊を習いたかったな~って思います。
習いたいといっても、習う場所もなくて、ラオス人全員が全員
伝統舞踊を踊れるわけではないので、習えなかったんです。
残念だな~って思います。

<舞台が終わっての記念撮影>
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 さばい・さばい

8月29日(土) 

本日、保健学校の副校長のC先生のお宅へ遊びにいきました。
久しくC先生のお宅に遊びにいっておらず、また一段と成長した
子どもたちにびっくりです。
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子どもと遊んで、夕飯食べて、最後はザルいっぱいに
茹で上がった落花生をつまみながら、C先生と、JOCVのMさんと
仕事について雑談。
この1週間は、もちろん看護技術トレーニングの企画のことがもちきりなだけに
C先生と、私たち3人でトレーニングについての意見を交わしました。

C先生は、歯切りが良くポンポンと言葉を大きな声で話し
頭の回転が早いんです。そして言うことが全うなだけに
みんなの信頼も厚い。

もちろん、私もとても信頼できるラオス人の一人です。
いつも、私たちの考えを伝えても決して否定はせず、最後まで意見を聞いて
理解しようとしてくれます。そして、それが正しいと思うなら、きちんと
意見を取り入れてくれるんですね。

今回も同様で、きちんと話がまとまりました。
お互いに誤解はないか確認をして、最後はサバイ・サバイ。

やっと、トレーニングの企画について一先ず安心できました。

今回もそうだけど、ラオス人と日本人が話して誤解はないのに
なぜ、ラオス人同士で誤解をするのだろうか?
そしてそれが、なぜいつも病院のスタッフばかりなのだろうか?
これが不思議で仕方がない。

 ぷちバーシー

8月28日(金) 

今週、カウンターパートMのお宅で、
災いになるものを追い払う儀式があり、それに参加。
初めてみる儀式で関心することばかりでした。
そして今日は、Mの家でバーシがありました。
主役はMですが、私は来月帰国のため、準主役といったかんじでした。
さほど大きなバーシーではありませんが、親戚、職場関係者の知人友人らが集まって
30人ほどの来客でバーシを行いました。

MやMのお母さんを始め、職場の数人や、保健学校の隊員のMさんからも
願いを込めたマッケン(腕に綿の白糸を巻く行為)をしてもらい
あ~『本当にもうすぐ帰るんだな~』なんて思いました。

早かったな~2年。

<マッケンの様子>
DSC08301.jpg

<本日の料理>
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ピンパー(焼き魚)
スックパック(温野菜)
ケーンノーマイ(竹の子スープ)
チェオ(タレ?日本でいう梅干やふりかけみたいにご飯をつけて食べるもの)

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今日も、ラオス料理は美味かった!
そして、たらふくビールを飲んだ。
おまけに暑くて、首が焼けた。

メニュー

プロフィール

soracchi

Author:soracchi
H18年に青年海外協力隊に応募。そして19-2次隊で青年海外協力隊員ラオスへ派遣。看護師として、ウドムサイ県サイ郡に赴任し、ウドムサイ県病院で活動をしていました。
協力隊応募前から、協力隊の活動を終えた 様々な心中を素直に綴ってきました。
只今は、活動を終えたその後の生活の様子や ラオスでの体験談に加え
他 ボランティアとどう関わっていくのかなど いろんなことを書いていこうと思っています。

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